未来を拓く若手研究者インタビュー(第2期)vol.05

未来を拓く若手研究者インタビュー
このページでは、「拠点卓越学生研究員」の中から特に成果をあげていただいた研究員を推薦により選出し、若手研究者を広く多くの方へご紹介するためのシリーズとして掲載していきます。

インタビュー Vol.05
細胞膜の物性を知ることで生命現象を解明する

取材:2018年11月7日  取材時:学習院大学 自然科学研究科 化学専攻 博士前期課程 2年

見えないものを光を使って見ることで、生命現象の発現の場を紐解く

生物を構成している細胞は生物体の基本単位で、この細胞ひとつひとつを隔てているのが細胞膜です。主に脂質とタンパク質からできていて、細胞の内部環境の保持や調整のほか、物質の輸送、情報伝達などの機能をもっており、様々な生命現象の発現の場です。多様な生体機能が細胞膜での化学反応によって実現しており、反応場である細胞膜の構造の解明は生命を理解する上で非常に重要ですが、まだ解明されていないことがいくつもあります。

私は細胞膜の基本構造である脂質二重膜の粘度を研究対象にしています。細胞膜を形成する脂質は水に馴染む親水基と馴染まない疎水基を持っており、疎水基同士が向かい合って二重膜の構造を持つことで細胞ひとつひとつを水分を多く含む体の中で隔てることができます。この二重膜の厚さは5nmほどで、簡単には可視化することはできませんので、分光測定を用いて分子の動きを見ることで粘度を調べています。

ナノメートルオーダーの世界の粘度を調べるためにtrans-スチルベンという小さな分子を使います。このスチルベンという分子は、紫外光を照射することでtrans型からcis型に変わりますが、これを光異性化反応といいます(図1(右))。スチルベンが光異性化する際には、C=C結合まわりでフェニル基が回転します。この分子の周りを満たす溶媒がサラサラ、つまり粘度の低い場合はそうした回転はしやすいのですが、粘度の高い場合は回転しにくくなります(図1(左))。つまり、光異性化の速度を”観る”ことでその環境の粘度を見積もることができるのです。光異性化は、ピコ秒という単位で進行します。ピコ秒とは1兆分の1秒の単位のことで、そうした高速な分子ダイナミクスの観測のために光の力を借りています。

細胞膜の物性を知ることは、ドラッグデリバリーシステムを確立するためにも非常に重要です。また、光合成における電子伝達系などの重要な生化学反応も細胞膜で進行しており、反応速度を決定づける物性を知る必要があります。


図1. アルカン溶液中(炭素数5~16)におけるtrans-スチルベンの光異性化速度定数と溶媒の粘度の相関(左)とtrans-スチルベンの光異性化の模式図(右)。

見えないものが見える分光測定、実験を繰り返し、わかったこと

もともと数学や化学に興味があったので学習院大学理学部化学科に入り、自然 科学研究科化学専攻に進みました。岩田研究室を選んだのは分光測定に興味があったからです。肉眼では見えないものを見ることにワクワクしました。分光測定とは物質にいろいろな波長の光を当て、その吸収や散乱などから物質の特性を調べたり,定量したりする方法です。小さなものや、外からは見えないものを見ることができるので、生体現象や様々なものの物性などの解明に役立っています。身近なものではX線画像診断などがあります。

サイエンスに共通していることは、ロジックを立てれば、物事の仕組みが理解できるということです。自分自身の中で理解をして、筋道をたてて進めれば、わからないことがわかるようになります。また、わからないときの物事の考え方が身につきます。実験はとても時間がかかりますし、常にうまくいくわけではありません。思ったような結果が出ない時もあります。しかし、なぜ失敗したのか、なにが違っていたのかを考えて、新しい切り口で物事を捉え、方法を導き出していくことにとてもやりがいを感じています。

東京工業大学の中村 浩之教授との共同研究ではtrans-スチルベンを一定の深さに固定するため新たなプローブ分子を開発し、脂質二重膜の粘度の深さ依存性について評価することができました(図2)。当初スチルベンを用いて実験を行なったところ、粘度を表す数値が2種類存在したため、数nmの厚さの脂質二重膜の中で深さによって粘度が違うのではないかという仮説を立てました。中村教授との研究により、検知するスチルベンの深さを固定することで、脂質の疎水基が向かい合っている膜中心部の粘度は、水相界面に近い脂質の疎水基の粘度と比較して半分程度であり、膜の深さおよび面内方向に不均一性が存在することが示唆されました。

異分野融合により拓けた新たなる挑戦

平成29年度には日本分光学会年次講演会にて若手ポスター賞を受賞しました。ポスター賞をいただけたのは研究の内容だけでなく、お話を聞いてくださった方それぞれの知識と興味に合わせて、説明ができたことが要因の一つではないかと思っています。物質・デバイス領域研究共同拠点を始め、様々な分野の研究者との異分野融合をする機会をいただけたことにより、自分の研究についての知識や問題点をどのように異分野の方にわかっていただくかがいかに難しく、とても重要なことであることを知りました。そして、異分野融合により、研究や知識は大きく発展させることができました。例えば、これまで私が実験に使っていたのは人工脂質二重膜だったのですが、異分野融合により、生きている細胞での実験に進むことができたのです。人工の脂質二重膜から実際の生きている膜を使っての実験に進むことができたことは驚きと発見の連続であり、そして大きなチャレンジでした。
これらは京都大学の申 惠媛准教授との共同研究で、HeLa細胞というものを使うのですが、生きている膜を使うことで光の当て方、扱い方、すべてが変わってくるわけです。光を当てすぎると細胞は死んでしまいますし、人工膜と異なり、生きている細胞には個体差が生じるわけです。実験は結果がすべてですから、準備、やり方、一つ一つを着実に、そして、柔軟に研究に挑む機会をいただくことができました。

研究マインドを忘れずに、これから新たな道に向かっていく

来年度からは半導体を作る会社の研究職への就職が決まっています。今の研究とは直接繋がりませんが、ロジックを立てて、自ら考え、実験を繰り返していくことは研究者にとって普遍的なことだと思っています。「教科書に書いていないことを探し出すこと」はとても有意義なことだと思います。基礎研究は、将来的な実用化などを見据えた応用開発に比べると、どのように役に立つのかわからないかもしれません。今すぐにその答えは出ないかもしれませんが、基礎研究とは長期的に見て応用開発の基礎になる意義のあるものだと私は考えていますし、いつか人の役に立つようなことを発見したいと思っています。また、基礎研究において自ら取り組んだこと、やり遂げたことは確実に自分の身につくので、今、目の前にあることに一生懸命、前向きに取り組むことがとても大切だと思っています。


林 春菜
学習院大学大学院 自然科学研究科 化学専攻 岩田研究室
Website : https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~20040130/

平成29・30年度 次世代若手共同研究受入 | 東京工業大学化学生命科学研究所 中村 浩之教授
Website : http://syn.res.titech.ac.jp


拠点卓越学生研究員について
 物質・デバイス領域共同研究拠点では次世代を担う若手研究者による共同研究を積極的に支援しています。
次世代若手共同研究に応募された研究の中から、素晴らしい基礎的知見に基づく優れた提案として採択された研究者を「拠点卓越学生研究員」として認定し、研究により専念できるよう支援を行っています。

次世代若手共同研究についての詳細はこちら