未来を拓く若手研究者インタビュー(第2期)vol.04

未来を拓く若手研究者インタビュー
このページでは、「拠点卓越学生研究員」の中から特に成果をあげていただいた研究員を推薦により選出し、若手研究者を広く多くの方へご紹介するためのシリーズとして掲載していきます。

インタビュー Vol.04
次世代スピントロニクスに革新を起こす

取材:2017年8月21日
取材時:三重大学大学院工学研究科博士後期課程材料科学専攻ナノデザイン研究室

理論的計算手法開発を目指して

究極の省エネを可能にするスピントロニクス材料を計算手法で支える

スピントロニクスは、次世代の新しいエレクトロニクス技術として注目を集めています。電子が持つ電荷の性質のみを利用するエレクトロニクスに対し、スピントロニクスとは、電子のスピンという自由度をさらに組み合わせた技術です。スピンと呼ばれる電子の運動は物質の磁気的性質の根源となるもので、スピン運動に由来する磁気の性質が合わさることで、物質は自ら動力を生み出すことができるようになります。このような磁性材料は、高度情報社会を支える高密度は磁気記録デバイスや、自動車に用いられるモータ、他にも風力発電機などの重電機器産業や医療、家電などの幅広い産業分野で高い需要があり、より高性能なデバイス開発に向けて、世界中で研究が進められています。我々の豊かな生活の実現には、磁性材料のさらなる発展が必要となるのです。

私は、このスピントロニクス技術に応用するための物質探索、物性解析、材料設計を、第一原理計算という数値計算手法を用いて行っています。第一原理計算とは、量子力学の基本法則及び周期律表の原子番号のみに基づき、実験的な観測情報を一切排除した電子状態計算手法であり、密度汎関数理論(Density Functional Theory; DFT)法に基づき、 物質中を運動する電子の空間的な電荷密度から、基底状態という電子や原子にとって最も安定な状態をコンピュータで計算する方法です。物質中の電子は、原子核よりおよそ1/1000オーダーの軽さで原子核と原子核との間を飛び回っていますが、これの電子が物質の性質のある程度を決定しています。特に、金属元素の原子核付近に分布するd電子やf電子が、磁性の起源として重要な役割を担います。つまり、原子スケールやナノスケールレベルでこれらの電子の運動を計算により導き出すことは、磁性材料の物性を解明することに繋がり、あらゆる性質やその起源を理解することで、新規材料開発や、既存材料の品質向上が可能になるわけです。 第一原理計算を使えば、物質の諸性質を実験では測定のできないような微視的スケールで理論的に調べることができるため、研究手法としては非常に有効なメソッドです。

しかし、このDFT法はほとんどの物質の基底状態の電子構造を高精度に解析できる一方で、いくつかの特殊な物質群に対してはその適用が限られています。これらは強相関電子系と呼ばれ、空間的に電子の分布の偏りが大きく、高密度な領域では、電子が互いに強いクーロン相互作用(電子相関)を感じる物質です。例えば、f電子を持つ希土類金属などの重い元素を含む系では、DFT法は電子間相互作用を過小評価するため、誤った基底状態の電子構造を導き出します。また、金属元素が配位子によって取り囲まれている金属錯体分子の場合、強い電子間相関に加えて、金属元素と配位子間の軌道混成も複雑に絡み合うため、解析はさらに困難となります。例えば、金属錯体分子は、分子スケールという微小で、かつ不揮発性の分子磁気メモリ材料としての応用が期待されていますが、その電子構造や磁性を正確に予測する上で、これらは重要な課題となります。

計算手法を組み合わせることで見えてきた大きな可能性

強相関電子系への一般的なアプローチとして、DFT+U法が用いられます。この手法は、オンサイト、つまり金属元素の原子核付近に局在するd, f電子に対し、DFT法の枠組みを超えてハートリー・フォック波動関数法の概念をさらに導入することで強い電子間相互作用を補正し、局在電子系の振る舞いを正確に取り扱うことを可能にしています。どの程度補正するかは、有効オンサイトクーロン相互作用パラメータUeffにより決定されます。ここで重要になるのが、Ueff値の大きさにより容易に基底状態の電子構造が変化するにもかかわらず、このUeff値は、例えば「およそ4.5 eV」というように、従来、任意の値が経験的に与えられてきたという点です。そこで私は、このUeff値を理論的に導出するための計算プログラム を開発しました。Ueff値を、系自身が持つ全エネルギーの局在電子占有数に関する二階微分から導出することで、従来の「経験的なUeff値」から「非経験的なUeff値」を用いて強相関効果を補正したDFT+U法計算を可能としました。

さらに、金属錯体分子などで見られる金属元素と配位子間での複雑な軌道混成下での正確な電子構造解析を可能とするために、当時所属していた三重大学の中村浩次准教授の研究室で開発に携わってきた拘束DFT法を適用しました。これは、通常のDFT法を拡張したもので、特定の拘束場を印加することで局在する電子の占有数を軌道成分ごとに自在に制御することを可能にし、スピン自由度を考慮したあらゆる電子構造の全エネルギー計算から、電子構造の定量的な安定性を評価することができます。

開発してきた二つの手法を組み合わせた拘束DFT+U法を用い、私は、磁性を含む様々な物性を予測するための根幹である“基底状態の”電子状態解析を、非経験的且つ高精度に行うための計算手法を確立することに成功しました。スピンロトニクス材料として注目されている金属錯体分子、酸化物、希土類系金属などを含む物質は、電子間に複雑且つ強く相関効果がはたらくため、この手法が非常に有効であると考えられています。この計算アプローチを、スピントロニクス材料の一つである単一分子磁石とし大きな可能性を持つ金属フタロシアニン分子と金属メタロセン分子に適用しました。これらは、古くから発見されている物質ですが、基底状態の電子構造については、特に理論計算では解明できていませんでした。

しかし、今回の我々の計算はと実験結果を一致し、高い計算精度を実証することができました。さらに、遷移金属酸化物をモデルとして、Ueff値の非経験的導出手法の拡張を試み、遷移金属が持つd軌道の占有電子数とUeff値との間に定量的な関係が存在することを見出しました。この関係性を用いて、占有電子数からUeffの理論値を容易にスケーリングするための一つの指針を提案することもできたと言えます。

今後は、不揮発性磁気ランダムアクセスメモリに用いられるトンネル磁気抵抗素子などを見据えた、より現実的な系に本手法を適用し、耐久性や動作速度の向上、省エネルギー化を目指した磁気記録デバイスの理論的材料設計に応用していきたいと思います。また、磁性材料の表面や基板との界面構造に起因する特異な磁気特性の微視的解明などにも取り組んでいきます。

広がる可能性にかける想い

物質・デバイス領域共同研究拠点の研究ネットワークへの参加を通じて、これまで全くと言っていいほど接する機会がなかった分野の研究者たちと積極的に議論を交わすことができる機会が多くなりました。様々な材料研究をしている方たちと話すことで知見が広がり、これまで見えなかったものが見えるようになりました。今後、スピントロニクス材料の開発に向けた計算手法のさらに高精度化・高効率化など改良できれば、この方法はあらゆる材料探索や物性解明などに、分野を越えて展開することができる可能性を感じました。そのためには、国内外のいろいろな分野の研究者とともに、理論や実験を問わず、相互理解を深めていく姿勢を大切にしたいと思います。
そして、新しい材料探索、既存材料の性能向上の実現につながる計算手法を追求していきたいです。


名和 憲嗣
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
磁性・スピントロニクス材料研究拠点 スピントロニクスグループ ポスドク研究員
http://www.nims.go.jp/mmu/people/Nawa_j.html
H28, 29年度次世代若手共同研究受入|大阪大学産業科学研究所 小口 多美夫 教授


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