COREラボインタビュー(第2期)vol.02

北海道大学電子科学研究所、東北大学多元物質科学研究所、東京工業大学化学生命科学研究所、大阪大学産業科学研究所、九州大学先導物質化学研究所の5大学5附置研究所は、物質・デバイスの研究分野で、ネットワークを組み、大学の枠を越えた柔軟な人材交流により、人の生活や環境のあり方を考えた物質研究のイノベーションをめざす「ダイナミック・アライアンス事業」を展開しています。これは、5つの研究領域(ナノシステム科学、物質創製開発、物質組織化学、ナノサイエンス・デバイス、物質機能化学)を附置研究所間ネットワークで結合した公募による「ネットワーク型共同研究拠点事業」とも連携しています。

こうした全国の大学を縦断した大がかりなプロジェクトの中で、特に力を入れているのが、次世代を担う若手研究者を支援する試みです。准教授、助教らがリーダーになり、共同研究の拠点に長期滞在して取り組む「CORE(Collaboration Research)ラボ」によりバックアップする体制も整い、相次いで成果が出ています。

ここでは、COREラボ共同研究に挑む若手を紹介します。

若手研究者支援プログラム1

多様で柔軟な環境が若手を羽ばたかせる

冨田 恒之とみた こうじ
東海大学 准教授

小林 亮こばやし まこと
名古屋大学 准教授

田村 紗也佳たむら さやか
神奈川大学 博士研究員

関野 徹せきの とおる
大阪大学 産業科学研究所 教授
(アライアンス運営委員会委員長、コア連携センター会議議長)

垣花 眞人かきはな まさと
東北大学 多元物質科学研究所 教授
(共同研究拠点専門委員会委員長)

佐々木 政子ささき まさこ
東海大学 名誉教授


若手を主軸に共同研究を展開する「COREラボ共同研究」は発足後5年目を迎えた。
北海道から九州まで5つの国立大学附置研究所がネットワークを組んで支援し、異分野が融合した新たな分野の研究に取り組む中で、次世代のリーダーとなる人材を育てる。その現状と、これからの課題について話し合った。

COREラボ共同研究の位置づけは

垣花教授 COREラボ共同研究誕生の背景にある全体のシステムについて説明すると、元々はネットワーク型研究を行う拠点のアライアンス(連携)であり、北海道大学電子科学研究所、東北大学多元物質科学研究所、東京工業大学化学生命科学研究所、大阪大学産業科学研究所、九州大学先導物質化学研究所の5大学附置研究所が参加するプロジェクト「ダイナミック・アライアンス」(平成28年度から6年間)がベースにあります。5つの研究所がネットワークを組むことによって新たな研究の土台が生まれてきます。その制度の中に、若手研究者の活躍の場である「COREラボ共同研究」を設けました。全国各地の優秀な研究者が自由に羽ばたき、世界に伍する素晴らしい成果を得られるような場を提供する試みです。

今回のCOREラボ共同研究の特徴は

垣花教授 COREラボはスーパーコンピューターのように一か所に集中して研究を強化するのではなく、北海道から九州まで全国を横断して各地に拠点があるクラウド型共同研究制度です。今回は東北大学多元物質科学研究所に拠点を置き、冨田恒之・東海大学准教授にPIを務めて頂きました。さらに、大阪大学産業科学研究所と連携し、ダイナミック・アライアンスの事業(事業本部・大阪大学産業科学研究所)の一つとして実施している「次世代若手共同研究」のPIの田村紗也佳・博士研究員、優れた研究のシーズを発展させる「展開共同研究A」のPIの佐藤泰史・岡山理科大学准教授が参加することで、単なる1対1の研究者のネットワークではなく、広がりを持たせることができました。

研究体制の拡充には、ダイナミック・アライアンスのコア連携センターが推進役を果たしているのですか

関野教授 COREラボ共同研究が単独の大学の研究室だけで行なわれると、コミュニケーションが限られて発展しないケースがあります。アライアンスのネットワークを介して新たな情報が入ってきたり、研究報告会で北から南からと成果が発表されたりする中で、尖った研究や優れた研究者にもっと集中して取り組んでもらいたいと考え、コア連携センターが共同研究の仕組みを検討・構想しています。例えば、冨田先生のように5大学の所属ではない研究者がPIになったり、連携したり、と柔軟に対応していて、5年目を迎えるCOREラボについては、今後、研究費の配分の効果的な在り方や、研究成果の中間評価を踏まえた運営の見直しなどについても、フォローしていきたいと思っています。

COREラボ共同研究の取り組みについて、率直な感想を

冨田准教授 ダイナミック・アライアンスの交流会で、佐々木政子先生が、「日本は科学技術創造立国であるべきだ」とお話されました。それを実現するためには、研究しやすい環境のサポートが必要だと思います。COREラボのような研究を発展させやすい環境に恵まれるのは未だ少数派なので、COREラボ共同研究制度によって若手をサポートしていただけるのは有難いです。さらに、研究しやすいように制度の見直しも行っているとのことですので、さらなる利便性に期待しています。

佐々木名誉教授 日本の研究は短期に成果を求め過ぎる傾向があります。COREラボでの6年間の成果がきっかけになって、その後に続く若手研究者の目的が明確になるような長期的な視点で臨む研究が育ってほしいと思います。また、日本は天然資源が少なく、科学技術創造立国への道を進まなければなりません。COREラボ共同研究では、その成果の発表を研究者向けに特化せず、社会的な重要性も含めて成果報告書に書き込んで国にアピールすることも大切です。一般向けの講演会などでCOREラボ共同研究について積極的に話して広めることは、これからのCOREラボリーダーが自覚すべきですね。

小林准教授 今回の冨田先生の蛍光体と太陽電池の融合の研究は素晴らしいですが、これまでの冨田先生の長年の研究の延長上にある成果であるとも言えます。一方で、東海大では都市計画の研究者を迎えた太陽電池による街づくりプロジェクトを立ち上げるなど、全く新しいパターンの異分野との融合も計画されているので、今回の研究成果を活用した、これまでにだれも考え付いたことのない次世代仕様の研究プランを練っておられるのでしょう。

垣花教授 COREラボ共同研究にも様々なタイプがあり、新たな学問領域を創る文科省の「新学術領域研究」に繋がるような異分野の共同研究もあります。その例が、前回のCOREラボインタビューに取り上げた最先端の磁性体の創製をめざす研究で、東北大学多元物質科学研究所の奥山大輔助教が「物性研究」、大阪大学産業科学研究所の小口多美夫教授が「理論」を担当し新展開を図りました。それぞれ全く異なるフィールドで極めて卓越した研究者同士が、COREラボの制度を使って、初めて融合研究ができました。単にサンプルを送って解析してもらうのではなく、大阪大学産業科学研究所に2か月以上滞在することにより、コバレント(濃密)な深い議論ができたことで、異分野同士の融合が促進されました。

COREラボ共同研究に5大学以外から参加するには、かなりの制約があるのでしょうか

関野教授 もともと5大学以外の国公立大学、私立大学、企業、海外研究機関の研究者が参加するのを想定しているので、むしろ大歓迎ですよ。学位取得後数年目の若い研究者でも自分のテーマで主宰できるPIとなり、集まった研究者とともに自由に挑戦して新しいアイディアと成果を生み出すこと、それが研究者にとっての神髄だと思います。現在は、参加する研究参画者のメンバーリストをあらかじめ登録していますが、共同研究したいと思ったときにシームレスに入れる柔軟なシステムが創れないかと個人的には思っています。一定期間、5大学で雇用する「招聘制度」や、2か所に籍がある「クロスアポイントメント制度」などにより、制度上の課題をクリアしていくことも考えられます。

田村研究員 冨田研究室で得た知識を深めるとともに、多くの新しい知識を得たいという思いがありましたが、COREラボに参加して、初めて実際に幅広い異分野の方々に出会い、知識や研究技術を身に付けられる場があることを知りました。この経験は後輩にも伝えたいと思っています。願わくば、若手の研究者が集まって意見交換できる場をもっと増やしてほしいと思います。

佐々木名誉教授 全く異なる環境にあっても、新しい分野を積極的に自分で開拓しなければならないと感じます。その時に、どうしたら道が拓けるか、先輩の研究者らに相談してみて、たとえ違う意見であってもしっかり参考にしながら、自分のテーマを突き進むことが大切です。

研究のテーマの選択については

垣花教授 COREラボの名称はコラボレーション(共同作業)から来ていてコア(核)になる研究の意味をかけています。いま、10件のCOREラボが設置されていて、ドイツに拠点ブランチを置いたり、企業の研究者が産学連携の形で拠点を設けるなど、とてもバラエティに富んでいます。多様性があることは、柔軟に研究テーマを発展させるうえで大切ですので、この制度の設計の考え方にも取り入れてきました。また、研究テーマを採択するうえで、研究者の想いや熱意がどれだけ感じられるかがとっても大切なのです。そこには必ずキラリと光る内容があるはずですから、その思いを汲み取ることを私達はとても大事にしています。

田村研究員 実は、私達若手研究者が公募の研究プロジェクトに予算申請すると「この研究は、将来何に役に立つのですか」と応用の出口を聞かれることが多いです。
国の予算が限られているのですぐに社会に役立つテーマを優先するのだと思いますが、私は基礎研究をしたいので、実利に直結させなければならない問いには明確に答えられず、ここで本当にやりたい研究の芽が摘み取られてしまうように感じることがあります。COREラボ共同研究では、基礎研究の存在価値にも目を向けてくださるようで有難いと思います。

関野教授 公募研究プロジェクトの中には応用面を問うものが多いのは、その方が楽に審査の判断ができるからですね。実際、容易に出口が分からないと研究予算がつかないという側面があります。基礎科学の重要性を認識して理解できる人は徐々に増えつつありますが、残念ながら未だ少ないのが現状です。ただ、研究者の想いを読み取れる申請書であれば、基礎理論の側面にまで踏み込んで考える動機になります。COREラボの審査では、その点を考慮しています。

光の波長を変える蛍光体が、太陽電池の機能を高める

COREラボ共同研究課題 研究代表者
東海大学 准教授 冨田恒之

自然の光のエネルギーを吸収して発電する機能を有するデバイスが太陽電池だ。代表的な太陽電池として知られるシリコン(Si)系太陽電池では、一般に、波長300nm(注)から波長 1200nm(注)程度までの光を吸収して発電できる。ところで、地球に到達する太陽光は様々な波長領域の光を含むが、波長範囲が700nmから4000nmのいわゆる赤外線は太陽光の約半分を占めることから、これらの赤外線を有効利用することが太陽電池の高効率化に向けた課題とされている。

一方で、赤外線から可視光線を生み出す「アップコンバージョン蛍光体」がある。太陽光に豊富に含まれる赤外線を励起光源とし、アップコンバージョン蛍光体を介し、太陽電池の発電が可能な波長領域の可視光線に変換することで、太陽電池の発電効率の向上が見込まれる。これら「光」を接点にしてつながる異分野の材料を、それぞれ高性能化して組み合わせ、赤外線でも発電する太陽電池など新たな応用のシステムを創り出すCOREラボ共同研究が進んでいる。冨田恒之・東海大学准教授がPIになり、東北大学多元物質科学研究所に拠点を置いて、大学院生の次世代若手共同研究のリーダーらが参加するという、世代や大学の枠を越えたチームワークで研究に臨んだ。

青色の可視光が放たれた

蛍光体や光触媒などの無機材料を合成し、性能を評価する研究を続けてきた冨田准教授らが開発した「アップコンバージョン蛍光体」は、希土類元素のイットリウム(Y)と、希少金属のタンタル(Ta)の酸化物からなる結晶体(YTa₇ O₁₉)に、希土類元素のイッテルビウム(Yb)、ツリウム(Tm)を注入した物質だ。
発光の仕組みは、低エネルギーの波長(980nm)の光が入射されると、そのエネルギーに相当する光子をYbが受け取ったあと、Tmに受け渡す。3光子により、Tmが励起され、元のレベルに戻るときに、高エネルギーの短い波長(490nm)の青色の可視光線を放出する。Tmを別の希土類元素に変えれば、赤や緑の光を放出することが可能であり、アップコンバージョン蛍光体を用いた光の3原色を造り上げることができた。この放出された光の波長を太陽電池の感度とチューニングさせることが可能になるので、YTa₇ O₁₉は太陽電池の光源として有望な候補であることが分かった。
ただ、Ybが太陽光から効率的に吸収できる光は波長900-1000nmの範囲に限られ、この蛍光体を効率的に発光するためのエネルギー密度が十分に得られない、など課題は残った。

太陽電池が発電した

また、このタイプの「アップコンバージョン蛍光体」を、低コストで高効率の光電変換を行う次世代の薄膜太陽電池として期待される「有機ペロブスカイト型太陽電池」と組み合わせる実験を行った。その結果、蛍光体が発する波長(800nm)の光を利用して、太陽電池が極微量ながら確実に発電していることが分かった。
冨田准教授は「アップコンバージョン蛍光体の材料や合成技術を検討し、発光効率を高める方法を考えています。また、このタイプの太陽電池は吸収可能な波長を調整できるなど柔軟なデバイスなので、実用化できる組み合わせが必ずあります。さらに蛍光体の新たな用途も創出していきたいです。」と期待している。

(注) nm(ナノメートル):長さの単位。1nmは1mm(1ミリメートル)の100万分の1の長さに相当。

共同研究が若手の意欲を高めた

今回のCOREラボ共同研究は、若手の研究者がそれぞれの研究の場で培った成果を有機的に連結した点に特徴がある。蛍光体と太陽電池という組み合わせの妙もあって、自然エネルギーの有効利用を叶える新たな応用システムの実現可能性を強めることができた独創的な共同研究だ。
この共同研究の中心となった3名の研究者、冨田恒之(東海大学准教授・COREラボ共同研究のPI)、小林亮(名古屋大学准教授(元東北大学多元物質科学研究所助教)・PIの受入教員)、田村紗也佳(神奈川大学博士研究員(元東海大学大学院生)・次世代若手共同研究のPI)に、研究背景やCOREラボ共同研究の効用などについてお話を伺った。

要素技術が性能向上に寄与

冨田准教授は、光により化合物の酸化還元反応を促進させることのできる光触媒の一つである二酸化チタン(TiO₂)の研究をしていたが、その延長として、低エネルギー(長い波長)の光を高エネルギー(短い波長)の光に変換するという、通常の蛍光体と逆のエネルギー変換を伴う特殊なアップコンバージョン蛍光体に着目し、両者を組み合わせて統合する画期的な研究を企画した。

当時を振り返って、「有機ペロブスカイト型太陽電池による発電との組み合わせに着手しました。未だ多くの課題がありますが、要素技術としては、この電池の基板電極として使われる二酸化チタン電極の性能を向上させたり、幾つか優れた発光特性を有する蛍光体を見つけることができました。」と語る。

光触媒としての二酸化チタンについては、冨田准教授と東北大学多元物質科学研究所の垣花眞人教授が、COREラボ発足以前から十数年にわたり合成法などを共同研究している。

今回は、『ブルカイト型』といわれる結晶構造の二酸化チタンの粒子をつくり、太陽電池の電極部分に加えるとエネルギー変換の効率が従来の約14%から約17%にまで向上することが分かった。

小林准教授は「ブルカイト型二酸化チタンの機能については、その粒子の形が関係しているとみられるので、形を制御する研究を続けています。その合成に使う錯体(金属元素と分子、イオンが結合した化合物)について新たな化合物が見つかり、他の研究にも使える可能性があると考えています。」と意欲を見せる。

アップコンバージョン蛍光体の発光の明るさと結晶構造との関係をつきとめたのは、田村研究員だ。冨田研究室所属の大学院生のとき、紫外線励起で発光する蛍光体は多数知られているのに対し、アップコンバージョン蛍光体の事例が僅少であることを知った。また、紫外線励起で発光することが知られていなかった化合物の中に、アップコンバージョン機能も有する蛍光体が存在することも知った。例えば、ストロンチウム(Sr)とタンタル(Ta)の酸化物(SrTa₄O₁₁)は紫外線励起蛍光体としても知られていなかったが、これに希土類のイッテルビウム(Yb)とエルビウム(Eb)を同時注入したところ、アップコンバージョン蛍光体であることを発見した。さらに詳細な研究を進めた田村研究員は「同じ化学式で表せても、合成法の違いにより結晶の格子構造が異なる試料を作り分けることが可能となり、その構造に応じて、アップコンバージョン蛍光体として明るく光るかどうかが決まることが明らかになりました。」と語る。

学生が楽しく研究できる環境を ~ 博士課程進学志望者が急増 ~

COREラボ共同研究の体制は、研究内容の拡充だけでなく、研究の在り方や研究環境にも好影響を及ぼしている。
「大学の先生は、学生を大事にしなければならない。」との思いを語る東海大学の冨田准教授。
この数年、冨田准教授の研究室では、博士課程に進学する学生が非常に多くなった。
「学生にCOREラボ共同研究について折に触れ話す影響で、博士課程に進学すれば、他大学に出向いて研究できるうえ、直接議論する時間も取れ、研究の場や視野が広がることを知ってもらえました。研究活動をポジティブにとらえる学生は、進学の意欲が湧いてきます。」と分析する。
共同研究実績を踏まえて、東海大学内に冨田准教授が代表を務める“東海大学総研プロジェクト研究“『人と街と太陽が調和する』創・送エネルギーシステムの開発”が立ち上げられた。ここには、太陽電池、無線電力伝送、都市計画など幅広い分野の専門家10人が参加し、太陽光を有効利用する街づくりを目指したプロジェクトを協働で推進している。

COREラボ共同研究の恩恵 ~ 研究に打ち込むための「支え」 ~

小林准教授は「何でもやってみる。」の精神で研究に邁進してきた。
COREラボ共同研究については「長期滞在での人材交流や意見交換、高価な装置の共同利用など研究環境の有効活用ができました。」と評価。なかでも、「備品の購入費や他の研究室で実験するための交通費など日常の研究生活に必要な経費まで補助してもらえたことは、研究に打ち込むための支えになりました。」と強調した。

次世代若手共同研究 ~大学院生が研究リーダーになる経験は貴重~

「常識とされている理論にも確信するまで疑問を持つ。」の志を抱く田村研究員。「次世代若手共同研究で東海大学の院生のときにリーダーになれたのは貴重な経験でした。共同研究の方法や進め方など早く知ることができ、今後の研究の励みになりました。」と笑顔で振り返る。若手交流会で同世代と話しあったことも刺激になっていて、「これからも若手の研究の輪を広げていきたいです。」と話している。

世界に一つの光化学研究を目指して

佐々木政子・東海大名誉教授 インタビュー

今回のCOREラボインタビューに参加した佐々木政子・東海大学名誉教授は、光を物質に照射し、その変化や影響を調べる光化学の研究に取り組み、多岐にわたる先端研究分野を切り拓いてきた。
まず、東京大学生産技術研究所で光機能性材料について研究し、その当時、紫外線でしか作成できなかったホログラムの3次元像の可視光作成を可能とし、工学博士号を取得。その後、東海大学開発技術研究所に移り、表皮が異常増増殖し厚い鱗屑を生じ、次第に剥がれ落ちる難病の一つ「尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)」の「光化学療法」について研究した。8-メトキシソラレン(8-MOP)という薬物を投与後、長波長紫外線(UV-A(注))を照射すると、異常増殖した細胞の二本鎖DNA内に取り込まれた8-MOPがクロスリンクを形成し、細胞増殖が抑制され、この皮膚病が治るメカニズムを突き止めた。
さらに大きな成果は、太陽光に含まれる紫外線の中でも強いエネルギーを持ち、人体に影響が出やすい中波長紫外線(UV-B(注))の線量を、簡便に高精度で測定する機器「太陽UV-B計測器」を日本で初めて開発したことだ。1970年代後半から、大気中のオゾンが破壊され、地球に届く太陽UV-Bが増加すると懸念されながら太陽UV-B計測器は日本にはなかった。完成した測器は、太陽光の中から紫外線UV-Bだけを光学フィルター(干渉フィルター)で取り出し、蛍光体で可視光に変える仕組みだ。その光を当時普及していたシリコン半導体で電気に変換することで、間接的にUV-Bの量が弾き出せる。この方法でリアルタイムに太陽UV-Bを連続測定することに成功した。

佐々木名誉教授は「1970年代後半からオゾン層破壊が報告され、太陽UV-Bの増加による人体への悪影響:皮膚がんや白内障発症、免疫機能低下などが心配されていました。太陽UV-B計測器の開発は喫緊の課題でした。この社会動向を受け、私は『太陽UV-B計測器』を開発したのです。このUV-B計測器は気象台でも使われています。特許は東海大学として取得しました。大学として初の特許実施料の取得例といわれています。と太陽UV-B計測器開発による社会的な波及効果を披露する。

研究展開には、自己の探究心と自主独立性と共に、「議論できる"場と仲間"」の存在が非常に大きい、と佐々木教授。「私は若い学生と話していると幾つも研究テーマやアイディアが浮かんできます。」と、研究する上での人との出会いの大切さを語られた。また「自分で文献を調べることで、関連分野の広がりについての知識が得られますよ。」と地道に文献に当たることもアドバイスして頂いた。
佐々木名誉教授の研究室では、学生達に対し「あなたのやることは、世界に一つのことです。」と指導し、学生自身のテーマに関連する論文をすべて自分でチェックさせたうえで、独自のターゲットを見つけさせてきた。
" 思ったことは、ぜひやってみてください。常にご自身で自由に研究環境を拓いてほしいです。自分らしい研究をして、いつかきっとご自分の夢を実現してください。"と、未来を担う研究者たちに温かいエールを送った。

(注)紫外線(しがいせん、英: ultraviolet light, rays or radiation)は、波長が100~400 nmの可視光線よりも波長の短い、人間の眼で見ることはできない不可視光のこと。紫外線は、人間の眼で認識できる最も波長の短い「紫色光」の外側にある光という意味で紫外線という。紫外線は波長によって、UV-A(400~315nm)、UV-B(315~280nm)、UV-C(280~100nm)に区分される(国際照明委員会:CIEの定義波長区分)。地球に届く紫外線はUV-AとUV-Bで、UV-Cは地上には届いていない。紫外線を浴びて、日焼け(サンバーン)するのは、UV-Bの悪影響。しかし、人体に必要なビタミンD₃もUV-Bで生成される。また、地上に届く太陽紫外線の95%以上を占めるUV-Aは、皮膚の内部にまで届き、色素沈着(シミ)などの増強や表皮の変性(シワ)などに関わる。なお、紫外線は、野菜や果実の色づき、栄養成分の生成促進などにも貢献している。