未来を拓く若手研究者インタビュー(第2期)vol.02

未来を拓く若手研究者インタビュー
このページでは、「拠点卓越学生研究員」の中から特に成果をあげていただいた研究員を推薦により選出し、若手研究者を広く多くの方へご紹介するためのシリーズとして掲載していきます。

インタビュー Vol.02
副作用のないガン治療薬の開発を目指して

取材:2017年8月21日

生命現象を紐解き、最適な核酸医薬を設計する

現在私は、抗ガン剤やガンの予防薬となるような新しい核酸医薬の開発・設計指針の確立を目指し研究を進めています。
生命の遺伝情報の伝達は、人体の設計図であるDNAから、RNA(Ribonucleic acid)と呼ばれる物質を仲介して、タンパク質へと伝えられます。これまで、人体の生命現象の全てはタンパク質が担っていると考えられていましたが、近年の研究によって、遺伝情報の単なる仲介役だと思われていたRNA自身が、生命現象の大部分を制御しているという興味深い事実が明らかになってきました。そのようなRNAは多種多様な生理学的機能を有している一方で、タンパク質の情報を全く持っていない為「Non-coding RNA」と呼ばれています。近年、このNon-coding RNAの一種である、マイクロRNA(miRNA) と呼ばれる物質に、世界中の研究者が注目しています。

miRNAは、とても小さなRNAなのですが、その機能は大きな影響力を持っています。例えば、細胞の分化や増殖、代謝、そして、アポトーシスといわれる現象など、生物が自身の生命活動を維持する上で必要不可欠な生理現象の大部分は、miRNAによって制御されています。アポトーシスとは生物が成長の過程で必要となる、プログラム化された細胞死のことです。胎児の指と指の間の細胞がなくなるなどがこの現象にあたります。現在、ヒトにおいては数千種類のmiRNAが発見されている上、次々にmiRNAの新しい機能が報告されています。世界中の研究者によって、miRNAを介した生命現象が次々に紐解かれている様子は、我々若手研究者にとってとても刺激的なことです。あらゆる生命現象にmiRNAが関与していると言っても、決して過言ではないと私は思っています。

この様に、多様な生命現象を担うmiRNAですが、疾患との関連も知られています。例えば、ヒトの身体は約60兆個の細胞でできていて、毎日8,000億個もの新しい細胞が作られています。それと同時に役割を終えた古い細胞は正しく分解されていく必要があります。この時に重要な役割をはたすのが、アポトーシスなのです。アポトーシスを制御しているmiRNAに異常が生じると正しく細胞死が行われません。その結果、本来は不要であるはずの細胞が無限に増え続けてしまい、腫瘍を形成してしまうことがガンに繋がります。身体の中においてmiRNAの機能がとても強力なので、細胞内における「miRNAの量」は常に正しく制御されている必要がありますが、これが崩れるとガンを始めとした重篤な疾患を招いてしまいます。

現在用いられている抗ガン剤は、ガン細胞と正常な細胞の見分けが難しく、正常な細胞も一緒に攻撃してしまうために、大きな副作用を招いてしまいます。しかし、miRNAの様な核酸は、相補的な配列を有した別の核酸と二重鎖を形成する性質があるため、機能を抑制したいmiRNAの配列が分かっていれば、それと相補的な人工核酸を投与することで、特定のmiRNAの機能のみをピンポイントに抑制することが可能です。つまり、副作用の少ない抗ガン剤としての応用が期待できます。これをアンチセンス法と呼び、miRNAの機能を抑制する有力な手法として知られています。miRNAを標的とした人工核酸は、Anti-miRNA oligonucleotide (AMO)と呼ばれ、現在世界中で様々な化学修飾が施されたAMOの開発が行われています。私も同様にAMOの開発を行ってきました。

miRNAの機能をコントロールできれば、病気で苦しむ人を減らすことができる

生命現象を強力にコントロールしているmiRNAですが、実はmiRNA単体では全く機能を発揮しません。miRNAが機能を発揮する為には、必ずRNA-induced silencing complex (RISC)と呼ばれる核酸-タンパク複合体を形成する必要があります。例えるなら、目的地まで正しく道案内をする操縦士がmiRNAで、実際に現地に移動して様々な仕事をするロボットがRISC、といった所でしょうか。この特徴的な性質に私は着目しました。つまり、ロボットであるRISCの中から、操縦士であるmiRNAを引き剥がしてしまう(RISCからmiRNAを解離させる)という方法です。

まず私は、RISCからmiRNAを解離するという現象が AMOによって誘導できるのかを調査しました。現在世界中で用いられている、様々な化学修飾が施されたAMOを使用して実験を行った結果、実際にRISCからmiRNAが解離することを世界で初めて明らかにしました。従来のAMOは、miRNAと結合して蓋をする形で機能阻害を行っていると考えられていたので、「miRNAの解離」というAMOの新しいmiRNA機能阻害機構を発見したという意味で、とても大きな成果だと思います。さらに、AMOによるmiRNAの解離速度と、AMOのRISC機能阻害効果との間に相関性も見出しました。つまり、RISCからのmiRNAの解離を促進することで、従来のAMOよりも高いRISC機能阻害機能を発揮する、言い換えれば、薬として効果が高くなるということが明らかになったのです。そこで複数種類のAMOを設計して、より詳しく「RISCからのmiRNAの解離」という現象の解明を行った結果、効果的にmiRNAを解離する事が出来るAMOの設計指針を導くことにも成功しました。さらに、miRNAがRISC中に保持されているために重要な役割を果たす相互作用を阻害する様なペプチドを設計し、そのペプチドをAMOに結合したペプチドコンジュゲート核酸(RINDA-as)を合成することで、効果的にmiRNAの解離を誘導することにも成功しています。

一連の研究で、上記に示したような成果を挙げる事に成功しましたが、私達が初期に想定していたよりも「RISCからのmiRNAの解離」という現象が複雑であることも分かって来ました。そのため、初期に考えていたモデルでは解析が難しかったり、実験系を一から構築し直したりと、一筋縄ではいかない研究の難しさを改めて痛感しています。しかし、基礎研究こそ泥臭いものだと思うので、今後も粘り強く詳細な解析を続けたいと思います。

医薬品開発の道のりは長い、けれど道は拓けている

高齢化社会の中、ガンは男女ともに死亡原因の1位です。様々な抗ガン剤の開発が急がれていますが、核酸医薬品は副作用の少ない抗ガン剤として大きなポテンシャルを秘めていると思います。miRNAの標的遺伝子は多種多様なので、ガンに代表される様な重篤な疾患だけではなく、生活習慣病や精神病などの研究分野でも、miRNAの機能が重要であることが明らかになっています。また、今回の研究テーマは、miRNAを核酸医薬品の標的分子として扱っていますが、実はバイオマーカーとしてもmiRNAは有望視されています。バイオマーカーとは、特定の病気の有無や進行度を調べる為の指標のことです。miRNAは、その発現量が疾患と強く相関しているため、例えば血液中から数種類のmiRNAの量を調べることで、ガンの超早期診断が可能になります。今後はmiRNAの検出法の開発にも着手していきたいと考えています。

miRNAを標的とすることで、疾患の治療、超早期診断、双方の実現が見込め、患者さんのQOL(Quality of life)を向上させる有効な手段への発展が期待されます。もちろん医薬品として市場に流通させたり、疾患診断法としての技術を確立させる為には、多くのステップをクリアしなければならず、その道は決して平坦ではありません。また、私の携わっている研究は基礎研究領域ですので、実際に社会に還元されるまでに多くの時間がかかってしまいます。それでも、多くの患者さんを救うことができると信じて、現在の研究開発に貢献していきたいです。


有吉 純平
名古屋大学大学院 工学研究科 生命分子工学専攻
分子生命工学講座 生命超分子化学
浅沼研究室
http://www.nubio.nagoya-u.ac.jp/seigyo1/
H28年度次世代若手共同研究受入|東北大学多元物質科学研究所 和田 健彦 教授


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